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プロローグ -- 本編 12 ・ 3
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         番外編 1
2-3

「あ、リド。やっほ〜っ」
セラが先程と同じ屈託のない笑みを浮かべてリドに話しかける。

やはり、わからない。

「あぁ、セラも居たか。それなら丁度良い。
ティルテュ、セラと一緒に任務に就いて欲しい。用件はわかる?」
まるで私たちの話を聞いていたかのようだ。

「セラも、ですか」

「あぁ、今回は狙撃だけで済みそうにないから。
最悪の場合突入して直接交戦しなければならないんだよ」
全く面倒だね、と、人事のように話すリド。

「私が言ってるのはそういうことじゃなくてですね……」

「セラが手伝ってくれるっていうんだ、
折角の好意を無駄にするわけにもいかないだろう?なぁ、セラ?」

「うん、力になれるんなら喜んで手伝うよ」

「だ、そうだ。何か異論は?」

「……いいえ」何を言っても無駄のようだ。
別に良い。諦めることにはもう慣れた。彼女を守ることに力を尽くす。
そして、彼女の代わりに私が罪を背負おう。それが最善であると、そう信じるしかない。

「詳しい内容は私の部屋で話そうか。それじゃあ、準備が済み次第来るように」
そう言うと、彼女は戻っていった。私もセラと分かれ、自分の部屋へと向かった。

リドの部屋は2階の一番西側にある部屋で、
学校の間取りで言えばちょうど美術室だとか、音楽室がある場所にあたるだろうか。
このギルド自体が以前学校だったものを改装して作られたものなので、
この考え方はあながち間違ってもいないと思う。
私は学校特有の一直線に伸びる廊下をリドの部屋に向けて歩きながら、
セムレト病院の方を眺めていた。
あの病院には色々と妙な噂が立っている。
曰く、地下で人体実験が行われている。曰く、生物兵器の開発が行われている。
……などと、街の人たちは口にしていた。
そういう根も葉もない噂というものはいつの時代であっても、
何処からとも無く湧き出てくるものだが、火の無いところに煙はたたないとも言うので、
結局のところどうなのかはわからない。
とはいえ、今はウィーが経営しているし、そういうことも無いとは思うけど。

リドの部屋の前に着いた。曇りガラスの窓の付いたスライドドアを開ける。
カラカラと懐かしい音を立てながらドアが開き、中の様子が見えた。
まず目に付いたのは入り口から見て目の前、左の壁際にある本棚と奥の部屋へ続くドア。
右手の角にはパイプ式のベッドがある。
入って右側には執務用だろうか、一般的な形の机が見える。
そして、ベッドと机の間にある窓には空色のカーテン。
そのカーテンは開いており、朝から変わりの無い青空が目に付いた。
この部屋にはリドはいないようだ。奥の部屋だろうか。
部屋の主が居ないのだから、入室の許可をするものはいない。
悪いとは思ったが、勝手に入ることにした。リドならあまり気にはしないだろう。

「誰だ?」

いきなり声がして、部屋の扉が開いた。姿を現したのは赤銅色の髪をした痩身の男。
頭に耳があるところを見ると、ガージュだろう。私は驚きながらも返事をする。

「勝手に入ってしまってすいません。マスターに呼ばれてやってきたのですが……貴方は?」

「関係者だ。リディルの」素っ気無い返事が返ってきた。

「……はぁ。お名前を伺っても?」

「カスティル。……私はこれから用事があるのだが、ここを任せてもいいか?」

「……ええ、構いません」
言った後に考えてみたが、良かっただろうか。……まぁ、大丈夫だろう。

なら、頼む。と残してカスティルが部屋から出て行った。
リドの部屋に勝手に入れる人というのはこのギルドの中でもかなり少ないはずだ。
彼は一体何者なのだろうか。
中に入っていたということは少なくとも鍵を持っているということ。
ウィー以外にそんな人の話は私は聞いたことがないけれど。

「なんだ、もう来てたのか。いつも通り早いな」
声を聞いて入り口の方に振り返るとリドが立っていた。
私が勝手に中に入っていることについては特に気にしていないようだ。大物である。

「すいません、勝手に入ってしまって。……あれ、マスター。カスティルさんとすれ違いました?」
彼が出て行ってすぐリドが入ってきたのだから当然の疑問である。
すれ違ったのなら挨拶くらいあっても良いような気もするが。
考えていて聞き逃しただけかもしれない。

「ん?何だ、カスティルを知っているのか?」
いつも被っている大きなリボンの付いた帽子を脱ぎ、それを机に置きながら聞いてくる。

「ええ、部屋に入った時には既に彼が居たもので」

「あぁ、それは寝ていたんだろうさ。あれは起きるのがいつも遅いものでね」
困ったもんだ、と言いたげな顔をしながら話すリド。
いや、それはアンタもだろうと言おうと思ったとき、何かひっかかった。

……寝ていた。寝ていた?何でわざわざリドの部屋で寝るのだろうか。
私が眉間に皺を寄せていると、リドは唇の端を僅かに上げ、
ははぁ、とでも聞こえそうな顔をこちらに向けて口を開く。

「カスティルは私の夫だ。知らなかったのか?」

そんなことをのたまいやがった。

「……は?」
「えぇっ!?」

立った一文字に悲喜交々全てを含めた私の疑問の声は、
スライドドアを一気に開け放ちながら現れた、セラの上げた素っ頓狂な声にかき消された。
声の大小はあれど、驚きの具合は同じだったようだ。

「リドって結婚してたの?ってか、カスティルさんってコブ付きかぬぁっ!」
現れていきなりリドに飛びついた挙句、
暴言を吐いてしまったセラはリドのデコピンを喰らって仰け反った。
あの音、岩くらい軽く割れるのではないだろうか。

「揃ったのなら始めるぞ、奥の部屋にとっとと入れ」
セラの質問の答えはあのデコピン一発だったようで、
もう話すことはないとその眼が力強く語っていた。
少し頬が赤らんでいたのは私の気のせいかもしれない。
そんなことを思いつつも、「質問に答えてよっ、ずるいぃぃぃ」
と、言いながらリドに引きずられていくセラに付いて、私も奥の部屋へと入っていった。
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